あの日の放課後、音楽室の前を通りかかった。
窓越しにリコーダーを吹く君の姿が、とてもかわいく見えた。
普段は話す機会もなく、話しかけるタイミングもなかっただけ。
覗くはなかったのだけど、窓から見える君をしばらく見てた。
視線を感じたのか僕の姿に気づき、リコーダーを口から離して顔を赤らめた。
僕は悪いことをしたかのような罪悪感を感じて足早にその場を去った。
その後も話すことはほとんどなく、そのまま中学を卒業した。
数年後、偶然にあの場所で会った。
君も気づき、俺に話しかけてくれた。
時間もあったので、近くの喫茶店に入り、他愛のない話を、とても仲の良かった同級生が数年ぶりに会い、積もる話をするかのようにいろんな話が繰り広げられた。
話したことなどほとんどない君がどうして、僕に話しかけてくれたのか。
それがとても不思議だったけど。話す会話はもっと不思議だったで、自分の中での君の記憶はあの日の音楽室前で、立ち去ったまま時間が止まったように感じていた。
君は忘れているだろうと思っていたけれど、君のほうからあの日の話題に触れてきた。
恥ずかしさと申し訳なさが交差した気持ちを和らげてくれたのは、君の一言だった。
「大野君の歌声好きだったよ」
もっと、もっと恥ずかしくなったけど、どこか嬉しくも思えたからだ。
でもいつ彼女の前で歌った? 記憶がない。
ある日、音楽室で俺は何かを歌っていたのを廊下を歩いていたときに偶然通りかかったのだという。
気付かずにいたけれど、俺が楽しそうに歌っている姿をしばらく見ていたという。
「だからおあいこだったんだよ!」と、笑って話してくれた。
高校の文化祭でも、君は友達と訪れて俺のステージを見たことがあると話してくれた。
偶然出会した(でくわした)その当時、君は音楽大学でピアノを専攻し、ゆくゆくはその道に進みたいことも話してくれた。
俺が音符の羅列の話や感性の話を織り交ぜながら、ギターの話を熱く語っても、興味深そうに楽しそうに聞いてくれた。
理論ばかりの授業に嫌気がさしてることも話してくれた。
音楽は感性なんだろう?って聞いたらその通りだけど、授業はね…。ってつまらなそうに。
少しだけ大学がつらそうに語っていたけれど、音楽を語る時は嬉しそうに、目をきらつかせ輝き、とても素敵な笑顔で話す君が眩しかった。
同窓会にも姿を見せず、あの日以来、会ったことはない。
俺自身が、誰とも連絡を取ることがなく、途切れたまま。
君は君の目指した音楽の道へと、進めたのかな?
俺はもうギターも歌もやってないけど、あの日語ったことは嘘じゃないんだ。
今も心の中にしまってある。
いつかまた会えたら、あの日の話の続きを語りあいたい。
もし…
あの日の放課後。足早に去らずに、君に話しかけていたらと…思い出すことがある。
俺の聴くジャンルのほとんどは、まったく君が好むジャンルとは違っていたから。
数年後に話す機会があっただけで、その時はそれを、あんなに楽しそうに、嬉しそうに聞いてくれて、相槌を打ち、意見もしてくれて。
あの日少し長く語った時間の記憶だけになってしまった今。
ずーっと昔の、音楽室前まで振り返る。
今はもう廃校になってしまった校舎。
記憶の片隅に置かれたままの。想い出。
ゴンチチ 放課後の音楽室